The Orthomolecular Times

2024.11.18 分子栄養学と運動「骨格筋が血糖値を下げる⁉ 運動効果と「GLUT4」の仕組みをわかりやすく解説」

分子栄養学とは

分子栄養学の歴史②「分子栄養学の誕生」

2023年、「分子整合栄養学(Orthomolecular Nutrition)」という言葉が生まれて55年目の春。(※このウェブマガジンの中では、分子整合栄養学に代わり、分子栄養学という言葉を用いています。※分子栄養学とは① )55年という節目、そして新しい一年のスタートに際し、歴史を振り返る第1回目(※分子栄養学の歴史①)では、新しい医学のパラダイム、分子栄養学とは何か、その概念を改めてしっかりと捉え直しました。それとシリーズで、順を追って分子栄養学の歴史についてあと4回にわたり皆さんと一緒に少し紐解いていこうと思います。

分子栄養学の生みの親ライナス・ポーリング博士、エイブラム・ホッファー博士は、どのようにしてこの新しい概念、新しい医療のパラダイム※にたどり着いたのでしょうか。

※パラダイムとは、科学の領域でよく使われる言葉で、ものごとの規範となる考え方、方法論、あるいは枠組というような意味です。

ポーリング博士が、どのようにしてそれまでにない革新的な考え方に基づいて人間の健康や医療を捉え直そうと「orthomolecular(分子整合)」という言葉を提案したのでしょう。今回は第2回目、分子栄養学の誕生についての歴史をお送りします。

分子栄養学の歴史

分子栄養学(※分子栄養学とは①※分子栄養学の歴史①)は、20世紀後半に北米で活躍した2名の科学者、ライナス・ポーリング博士(1901-1994 年)とエイブラム・ホッファー博士(1917- 2009 年)により確立されました。

分子生物学の発展とライナス・ポーリング博士

ポーリング博士は、1954年にノーベル化学賞、1962年にノーベル平和賞を受賞し、「すべての時代を通じて最も偉大な科学者のうちの一人」と称されるアメリカの物理化学者・平和運動家です。彼は分子生物学(生物を構成する分子(※分子栄養学とは②※分子栄養学とは③)を研究する学問)の先駆者で、αヘリックス構造(タンパク質の立体構造のひとつ)の発見、DNA構造の解明への寄与など、様々な功績を残しました。彼は、鎌状赤血球症という病気の背景にヘモグロビン分子の異常が潜んでいることを発見し、「分子病」という病気の概念を新たに確立したことでも知られています。

分子の異常が人間の病気の原因であると示した世界で最初の例

鎌状赤血球症は、赤血球の形が変形して壊れやすくなってしまう病気で、アフリカなどでよく見られます。私たちがエネルギーを産生するためには酸素が必要で、その酸素をくっつけて運ぶトラックのような役割をしてくれるのが赤血球です。正常な赤血球は、丸いお餅の真ん中をへこませたようなへん平な形をしていて、細い血管(毛細血管)を通るときには、その丸い形が柔軟に通りやすい形に変形することで、細いところもスムーズに通っていくことができます。酸素を効率よく全身に運ぶためには、この形と柔軟性がとても重要です。ところが、鎌状赤血球症では赤血球が丸ではなく、草を刈る鎌のような三日月の形になってしまいます。この三日月の形の赤血球は、細い血管(毛細血管)を通れずに血管で詰まってしまい、壊されやすく、酸素を身体のすみずみまで運べなくなってしまいます。慢性溶血性貧血、慢性疲労、疼痛、臓器障害など、さまざまな症状につながります。

ポーリング博士は、この鎌状赤血球症という病気の背景に、赤血球の中のヘモグロビン分子の異常が潜んでいることを発見しました。タンパク質はアミノ酸という単位分子(モノマー)がたくさんつながった大きな分子(高分子化合物)ですが(※分子栄養学とは③)、このヘモグロビンというタンパク質分子の中の、たったひとつのアミノ酸の違いによる分子の異常が人間の病気の原因であると示した世界で最初の例でした。それ以降、ポーリング博士は自身の研究を通じて、「多くの疾患は、生体内の分子が本来あるべき正常な状態でなくなることによるのではないか、生体内の分子の乱れが病気の発症に関与しているのではないか」と考えるようになりました。

分子栄養学の誕生

同じ頃、カナダでは生化学者であり精神科医でもあるホッファー博士が、統合失調症の治療にはナイアシン(ビタミンB3)の多量投与が有用であると発表しました。当時、ナイアシンをはじめとする各種ビタミンは「欠乏症を予防するために必要なもの」「ビタミンの摂取量は微量で十分であり、健康的な食事をしていれば不足することはない」と考えられていたため、ホッファー博士は医学界から大きな非難を受けました。しかし、この発表はポーリング博士に「ビタミンのような生体内に元々存在する物質が不足したり、そのバランスが乱れたりすることで病気の発症に至る」という、現在の分子栄養学の基礎となる考えをもたらし、分子栄養学誕生の重要な布石となりました。

そして、ポーリング博士による後世に残る画期的な論文となった『分子整合精神医学(Orthomolecular Psychiatry)』が、1968年、世界をリードするジャーナル『Science』に掲載されます。それは、分子栄養学の創始者の一人であり、カナダの精神科医であったエイブラム・ホッファー博士が、統合失調症の治療のために大量のナイアシンを投与して結果を出していた斬新なアプローチを理論武装する形になったものです。

この理論は、ビタミンの大量摂取の必要性を説明するだけでなく、ビタミン以外のさまざまな栄養素、さらには生体内にふつうに存在している各種の生体物質についても適用できるものでした。そこでポーリング博士は、この概念を「orthomolecular(オーソモレキュラー、分子整合)」と名付けました。この新しい概念が非常にユニークである点は、毒性や副作用をもってしまう可能性のある強力な薬物の代わりに、ヒトの生体内にもともと存在している生体物質を用いるという点です。Orthomolecularという単語は、“ ortho(「正しい」を意味するギリシャ語)”と“ molecular(「分子の」を意味する英語)” を掛け合わせてポーリング博士が提唱した造語で、このときはじめて“オーソモレキュラー”という言葉が使われ、分子栄養学の理論が明確に定義されることとなりました。論文『分子整合精神医学(Orthomolecular Psychiatry)』は当時の医学的常識を覆す刷新的な見解を提示し、医学界に大論争を巻き起こしました。

病気の原因究明・予防から病態改善まですべて「分子」を基本として考える:分子栄養学の遠大な構想

栄養素は、摂取された後に体内で生体物質になるため、生体にとって異物ではありません。生体物質や栄養素は薬物ほど強力かつ迅速な作用をしない反面、しっかりと医師が血液検査などを通してモニタリングしながら分子栄養学実践のための良質なサプリメントを用いれば、実際問題として毒性や副作用を心配する必要がないという大きなメリットがあります。そのようにしておだやかに病気を治したり、健康なヒトの発病を予防することができるのではないか、というのがポーリング博士が提唱した考え方です。かねてから「分子の異常が病気の原因になる」と述べていたポーリング博士は、病気の原因究明・予防から病態改善まで、すべて「分子」を基本として考えようとしました。それが、分子栄養学という遠大な構想でした。

健康自主管理 自分自身の身体を知ろう:Know Your Body運動への展開

ホッファー博士は統合失調症の臨床医として、88歳で現役を引退するまで患者さんと向き合い続けました。当時の統合失調症の治療としてはインスリン・ショック療法や電気ショック療法等が挙げられますが、いずれも副作用が大きく患者に苦痛を強いるだけでなく、再発の可能性が高いという重大な問題をはらんでいました。このような時代において、ホッファー博士は患者さんが社会復帰をして税金を払えるようになるまで快復させることを目標に掲げ、ナイアシンの多量投与を中心とした分子栄養学的アプローチを用いて数千人もの統合失調症の患者さんを治療し続けました。ナイアシン(※ビタミン(総論))の多量投与とそれぞれの人の体質に合った食生活を中心とした分子栄養学的アプローチを用いて数千人もの統合失調症患者を治療し、90%以上の患者を快復させたと言われています ※1。快復とは、病気の症状が消失するだけでなく、家族とうまく接することができるようになり、人間的な生活ができるようになったり、定職について仕事をしてきちんと税金を納める、といったことができるようになることです。また、ホッファー博士は「分子整合栄養学ジャーナル(Journal of Orthomolecular Medicine)※2」を創刊し、自身の研究成果を発表し続けました。ポーリング博士は、ホッファー博士をはじめとする世界中の分子栄養学の権威と協力をして多くの論文を発表し、医学界に対して分子栄養学の正当性を主張し続けました。

ポーリング博士は一般国民への啓発活動に精力的に取り組んだことでも知られています。アメリカ社会では日本の国民皆保険制度のような医療制度が発達しておらず、医療費が非常に高額です。ポーリング博士は一般国民に向けて「医者任せにせず、自分の健康は自分で守りましょう。そのために自分の身体について知りましょう」と健康自主管理(※自分自身の身体を知ろう:Know Your Bodyがなぜ大切か)の重要性を呼びかけました。ポーリング博士は一般向けに多数の著書を上梓しましたが、特に『ビタミンCと風邪(Vitamin C and the Common Cold)』や『健康で長生きするには(How to Live Longer and Feel Better)』等は世界的ベストセラー作品となり、一般国民の間で栄養アプローチへの関心が高まるきっかけとなりました。

アメリカでの栄養アプローチの位置づけ

ポーリング博士とホッファー博士を中心とする多くの生命科学者たちの尽力の甲斐あって、ビタミン等のさまざまな栄養素の働きが次々と解明され始め、アメリカでは全人口の50%が栄養補助食品を摂取するまでに至りました※3。この流れを受け、アメリカでは1994年に「一部の栄養素や栄養補助食品の摂取は、がんや心臓病、骨粗鬆症等の慢性疾患を予防する可能性がある」という一文が盛り込まれた健康補助食品健康教育法(Dietary Supplement Health and Education Act of 1994)が制定されます。この法律により「栄養素によるアプローチが病気の予防に役立つ」ということが認められ、栄養補助食品に健康増進や疾病予防のための積極的な役割が与えられたという点で、分子栄養学の普及と発展のための大きな一歩となりました。

※1 
Special Commemorative Issue [Editorial]. Journal of Orthomolecular Medicine. 2009.

※2
「分子整合栄養学ジャーナル(Journal of Orthomolecular Medicine)」は現在の誌名です。1967年の創刊当初の誌名は「統合失調症ジャーナル(Journal of Schizophrenia)」といい、その後何度かの変更を経て現在の誌名となっています。

※3
Dietary Supplement Health and Education Act of 1994. Public Law 103-417. 103rd Congress.

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