The Orthomolecular Times

2024.9.9 分子栄養学による暑熱対策②「暑さで心臓が酷使される!?」

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分子栄養学による暑熱対策①「暑さと熱中症の基礎:熱ストレスって何?」

猛烈な夏の暑さが続いています。どうしたら体調を維持できるでしょう?

ヒトはどのくらいの暑さに耐えられるでしょうか。

暑さと闘っている身体を労わるため、まずは熱ストレスとは何かについて一緒に学びましょう。

熱ストレス(heat stress )とは

人体における熱ストレスとは、「身体の蓄熱量を増やし深部体温を上昇させる傾向のある熱負荷」※1のことです。

夏の熱ストレス対策は、温暖化の時代を生きる私たちにとって非常に重大な問題となっています。

熱ストレス(heat stress )を決める6つの要素

それではまず、人にとっての熱ストレスがどのような要素で決まるかを一緒に見ていきましょう。熱ストレスは次の6つの要素で決まります※1、※2

  • 人の身体活動によって生成される代謝熱
  • 気温
  • 平均放射温度※3
  • 湿度
  • 空気の動き(風速)
  • 衣服

例えば運動をすると、エネルギーの約20~25%が機械的な動作(物を持ち上げる、自転車をこぐなど)に使われ、残りの約75~80%は熱として放出されます※4、※5、※6。そのため運動を行うと体温が大きく上昇します。

運動の際、皮ふを通して余剰な熱を外に逃がすことは、体温を一定に保つために必要不可欠な要素です※1

人が感じる暑さは、他に気温、湿度、風の強さ、直射日光や熱くなった路面のアスファルトなどから放出される熱※7、衣服などに大きく影響されます。

皮ふの温度が周囲の温度よりも高い場合、熱は身体から環境に流れます。逆に周囲の温度が皮膚の温度よりも高い場合、熱は環境から身体に流れます(つまり、身体が熱を得ます)※1

日本ではWBGT 28℃(気温 約31℃)で熱中症による搬送が増える

次に、熱ストレスによって人がどのくらいの温度まで耐えられるかを考えます。

熱ストレスを評価する指標にはWBGT(湿球黒球温度:Wet Bulb Globe Temperature)というものがあります。WBGTは皆さんが見ている天気予報の気温とは異なるものです。

WBGTは熱中症予防を目的とした暑さ指標のことを指します。「人体と外気との熱のやりとり(熱収支)」※8、つまり適切な体温維持に深く関係する3つの要素「気温、湿度、日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境」※8をもとに計算されているものです。

日本救急医学会による熱中症診療ガイドライン2024によれば「WBGT が 28℃(気温 約31℃)から熱中症患者が増加し、WBGT 31℃(気温 約35℃)から熱中症患者が大量発生するとされる」※9ことが示されています。

不適切な熱ストレスが続くと人体はどうなるか

それでは、不適切な熱ストレスが続くと私たちの健康や生活にとってどんな問題が起こるでしょう。

長い期間、熱ストレスにさらされる環境は私たちに以下のような悪影響を及ぼします。

  • 作業能力、作業効率を下げる※2、※10
  • ケガや体調不良による外来受診や入院する機会が増える※2、※10
  • 死亡率を高める※2、※10
  • 妊娠や出産への悪影響※10
  • 精神衛生への悪影響※10

不適切な熱ストレスを受け続けることはこのようなリスクの可能性が示されています。

特に高齢者、新生児や乳児、心臓や肺の病気、その他の慢性疾患を患っている人は暑さの影響を受けやすいことが報告されています※10

体温調節機能がまだ発達し切っていない乳児、特に新生児は暑熱環境に弱い存在です※10。また、下半身麻痺や四肢麻痺のある方々は、熱ストレス環境での体温調節ができにくいことが示されています※10

ヒトにとって危険な深部体温とは?

健康な状態では、成人の脳や心臓などの温度(深部体温)はいつも平均約36.6℃(95%信頼区間:35.7~37.3℃)※4、皮ふの温度は約35℃以下に保たれています※4、※11

しかし深部体温が39~40℃に達すると、

  • 虚血(酸素が足りない状態)
  • 酸化ストレスの増加

が起こります※10。そしてそれがヒトの身体を構成する細胞、組織、器官(臓器)の損傷を引き起こす可能性が報告されています※10。深部体温39~40℃では、ヒトが生きていく上で重要な脳、肺、心臓、腎臓、肝臓、腸が最も危険にさらされるといわれます※10

日本救急医学会『熱中症診療ガイドライン2024』によれば、熱中症の重症群のうち、さらに注意を要する最重症群の深部体温は40.0℃以上と定義されています※9

熱中症は中枢神経系(脳や脊髄)の機能障害を起こし、重症になると命に関わる病気です※12。また熱中症の初期の影響としてリーキーガット症候群を起こす可能性も示唆されています※13。(※あなたの腸は大丈夫? リーキーガット症候群(理論編①)

熱中症で亡くなった方の状態は、ほとんどの臓器で内皮細胞障害※14、炎症、広範囲の血栓症および出血があることが明らかになっています※12

ただし極端に暑い日、身体活動や運動によって深部体温が一時的に 38~40℃に上昇するのは正常な反応であるとする文献もあります※1。その論文によれば、温浴療法を行っている場合や暑熱馴化・有酸素運動を行っている人では、一時的に深部体温が38~40℃に上昇するのは普通に耐えられる温度であるといわれます※1

また一流の持久力を必要とするアスリートは、競技直後の深部体温が41.1~41.9℃に上昇した場合にも熱中症の症状はなかったとも報告されています※1、※15

ヒトが熱を放散できる限界の温度

ヒトの身体は湿球温度35℃(湿度100%で気温35℃、湿度50%で気温46℃)を越えると、環境から熱を受ける側となり、身体は熱の放散ができなくなります。そして長期間熱ストレスを受け続けると深部体温は高くなっていくといわれます※11、※16

しかし、実際に健康な若者が通常の日常生活を送る程度の活動を調べた研究では、体温調節の保てる湿球温度は30~31℃であったと報告されています※16

今回のまとめ

日本ではWBGT 28℃(気温 約31℃)で熱中症が増加し、WBGT 31℃(気温 約35℃)から熱中症が大量発生すると報告されています。

熱ストレスが長期間続くことは、作業効率の低下、ケガや体調不良、妊娠・精神衛生への悪影響など重大な影響を及ぼします。

夏の熱ストレス対策は、温暖化の時代を生きる私たちにとって非常に重大な問題です。残暑が続く今、継続的な体調管理を行っていきましょう。

※1 Cramer, MN.,et al. (2022). Human temperature regulation under heat stress in health, disease, and injury. Physiological Reviews, 102(4), 1907–1989.

※2 Kjellstrom, T.,et al. (2009). Workplace heat stress, health and productivity – an increasing challenge for low and middle-income countries during climate change. Global Health Action,  2, 10.3402/gha.v2i0.2047.

※3 出典:「~ヒートアイランド現象の緩和をめざして~ 緑による熱環境改善効果に関する調査について」(国土交通省) (https://www.mlit.go.jp/kisha/kisha04/04/040813/01.pdf) 
「平均放射温度(MRT):暑さ感を示す体感指標の一つで、周囲の全方向から受ける熱放射を平均化して 温度表示したもの。MRT の値が気温よりも高いと、周囲から受ける放射熱による暑さを感じ、逆に気温よりも低いと涼しさを感じる。」

※4 Periard, JD.,et al. (2021). Exercise under heat stress: thermoregulation, hydration, performance implications, and mitigation strategies. Physiological Reviews, 101, 1873–1979.

※5 Kristoffersen, M.,et al. (2019). Comparison of short-sprint and heavy strength training on cycling performance. Frontiers in Physiology, 10, 1132.

※6 Lucía, A.,et al. (2002). Inverse relationship between VO2max and economy/efficiency in world-class cyclists. Medicine and Science in Sports and Exercise, 34(12), 2079–2084.

※7 出典:「まちなかの暑さ対策ガイドライン 令和4年度部分改訂版、第1章 まちなかの暑さと暑熱ストレス」(環境省) (https://www.env.go.jp/content/900400038.pdf) (2024年8月28日に利用)

※8 出典:「熱中症予防サイト」(環境省) (https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php)(2024年8月28日に利用)

※9 日本救急医学会. 熱中症診療ガイドライン 2024. https://www.jaam.jp/info/2024/files/20240725_2024.pdf(2024年8月28日に参照)

※10 Ebi, KL.,et al. (2021). Hot weather and heat extremes: health risks. The Lancet, 398(10301), 698–708.

※11 Sherwood, SC.,et al. (2010). An adaptability limit to climate change due to heat stress. Proceedings of the National Academy of Sciences of The United States Of America, 107(21), 9552–9555.

※12 Bouchama, A.,et al. (2022). Classic and exertional heatstroke. Nature Reviews Disease Primers, 8(1), 8.

※13 Lian, P.,et al. (2020). Beyond Heat Stress: Intestinal Integrity Disruption and Mechanism-Based Intervention Strategies. Nutrients , 12(3), 734. 

※14 内皮細胞とは「血管およびリンパ管の内腔面を覆い,血管壁の最内層を形成する細胞」※です。(※森岡 哲夫.(2008). 腎糸球体内皮細胞の細胞特性 ―糸球体疾患における糸球体内皮細胞の役割―.日本腎臓学会誌 ,50(5),547-553.)

※15 Racinais, S.,et al. (2019). Core temperature up to 41.5℃ during the UCI Road Cycling World Championships in the heat. British Journal of Sports Medicine, 53(7), 426–429.

※16 Vecellio, DJ.,et al. (2022). Evaluating the 35℃ wet-bulb temperature adaptability threshold for young, healthy subjects (PSU HEAT Project). Journal of Applied Physiology(1985), 132(2), 340–345.

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