分子栄養学と腸内環境「短鎖脂肪酸とは? 基礎をわかりやすく解説」
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短鎖脂肪酸が、健康の維持増進に役立つと世界中で注目されています。
短鎖脂肪酸とは、特定の腸内細菌が食物繊維を発酵して作る酪酸、プロビオン酸、酢酸などのことです。
今回は、
・短鎖脂肪酸とは何か
の基礎をわかりやすく解説いたします。一緒に見ていきましょう。
短鎖脂肪酸(SCFA:short-chain fatty acids)とは
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私たちの腸には、約100兆個の腸内細菌がすむといわれます※1。
短鎖脂肪酸は、私たちのおなかにすむ腸内細菌のうちの特定の細菌が
・食物繊維やオリゴ糖など
を発酵して作り出す物質、炭素数が6以下の脂肪酸のことを指しています※2、※3。
短鎖脂肪酸は、腸や全身の健康を維持し、病原体の侵入を防ぐ上で重要な役割を果たす物質です。
そもそも、脂肪酸(fatty acid)とは
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それではまず、短鎖脂肪酸の「脂肪酸(fatty acid)」とは何か、その基礎から見てみましょう。
脂肪酸は、炭素(C)と水素(H)でできた鎖の一方の最後に、カルボキシ基(-COOH)がついた化合物※4のことです。
脂肪酸は、エネルギー産生栄養素(3大栄養素)のうちの「脂質」を構成する栄養素です。脂質の大部分が脂肪酸でできています。
脂肪酸は、つながっている炭素の個数によって次のように分類されます※3。
・短鎖脂肪酸:炭素が2~6程度
・中鎖脂肪酸:炭素が8~12程度
・長鎖脂肪酸:炭素が14以上
短鎖脂肪酸は、炭素の数が少なく、鎖の長さが短いものを指しています。短鎖脂肪酸は、炭素の数を6個未満とする文献もあります※1。
長鎖脂肪酸の仲間には、オメガ3脂肪酸である魚油(DHA、EPA)、オメガ6脂肪酸(リノール酸、アラキドン酸)などがあります。
短鎖脂肪酸の種類:代表的な3つの短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸)
代表的な短鎖脂肪酸には、
・酢酸(さくさん:acetic acid)
・プロピオン酸(propionic acid)
・酪酸(らくさん:butyric acid)
酢酸は炭素が2個、プロピオン酸は炭素が3個、酪酸は炭素が4個つながってできた短鎖脂肪酸です。
短鎖脂肪酸は有機酸でもある
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短鎖脂肪酸は、弱酸性を示します※5。
短鎖脂肪酸は、有機酸の仲間でもあります※1。有機酸とは、酸性を示す有機化合物※6の総称です。
ほかの有機酸には、例えば梅干しに含まれるクエン酸、りんごの酸味であるリンゴ酸などがあります。酢酸は調味料「酢」の主成分です。
便に含まれる短鎖脂肪酸のおおよその割合
生きている健常人の大腸で作られる短鎖脂肪酸の比は、おおよそ
・酢酸:約60%
・プロピオン酸:約20%
・酪酸:約15%
であると考えられています※2。酢酸:プロピオン酸:酪酸= 60%:20%:20%とする文献もあります※5。
短鎖脂肪酸はこの他にコハク酸、iso-酪酸、吉草酸、iso-吉草酸などがありますが※7、その量は微量です。
結腸で作られる短鎖脂肪酸のほとんど(90~95%)は腸粘膜に吸収されるため 、正確に腸内細菌が作り出す量を測ることは難しいという意見もあります※8。
しかし排泄された短鎖脂肪酸の濃度は食物繊維の豊富な食事と関連しているため、便中の短鎖脂肪酸を測ることで、腸内の短鎖脂肪酸産生のレベルを推測することは合理的とする論文も存在します※2、※9、※10。
自分の便にどのくらいの短鎖脂肪酸が含まれているか、便検査で調べることが可能です。腸内短鎖脂肪酸検査(便)は、大腸内で産生される短鎖脂肪酸の量と割合を便から調べる検査です。
短鎖脂肪酸の多彩な役割
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短鎖脂肪酸は、私たちの健康に非常に重要な役割を果たす物質であることがわかってきています※1。短鎖脂肪酸の役割は全身におよび、実に多岐にわたっています。
・大腸のエネルギー源※2、※11
・腸粘膜を健康に保つ※2
・腸内環境の改善※1、※12
・免疫の調整※13、※14、※15
・炎症の抑制※1、※2、※16
・肥満の予防※1
・血糖値の調整※17 など
分子栄養学では、栄養素をしっかり消化・吸収・代謝していくためにも、健康な腸を保つ短鎖脂肪酸の存在を重要視しています。
短鎖脂肪酸の生成量は、生涯変化し続ける
ヒトの腸内細菌叢は、赤ちゃんから高齢者まで年代とともに常に変化し続けます※1。
短鎖脂肪酸は、ある腸内細菌が食物繊維などを分解して作る物質であるため、腸内細菌叢によって変化します※1。
同じ食材ばかりでなく、多様な食事、いろいろな食材を食べるほど腸内細菌の多様性が保たれ、病原性をもった菌が少ないことが示されています※18。
健康を保つために常に多様な食材を食べ続ける必要が指摘されています※18。ぜひバラエティに富んだ良い食材を日々選んで食べ、豊富な種類の腸内細菌叢に適切な短鎖脂肪酸を作り続けてもらいましょう。
今回のまとめ
短鎖脂肪酸は、腸だけでなく全身の健康を支える重要な物質であるため、分子栄養学で重要視している物質です。
代表的な短鎖脂肪酸は、酢酸、プロピオン酸、酪酸の3種類があります。短鎖脂肪酸は、腸内環境の改善、免疫、生活習慣病の予防などに役立つと考えられています。
(※短鎖脂肪酸は免疫のカギ!)
短鎖脂肪酸は特定の腸内細菌が食物繊維などを分解して作る物質であるため、腸内細菌叢によって変化します。そしてヒトの腸内細菌叢は、赤ちゃんから高齢者まで年代とともに常に変化し続けます。
同じ食材ばかりでなく、いろいろな食材を食べるほど腸内細菌の多様性が保たれ、病原性をもった菌が少ないことが示されています。
バラエティに富んだ良い食材を日々選んで食べ、豊富な種類の腸内細菌叢に適度な短鎖脂肪酸を作り続けてもらいましょう。
(※食物繊維が多いのはどんな食品?)
※1 Fusco, W.,et al. (2023). Short-Chain Fatty-Acid-Producing Bacteria: Key Components of the Human Gut Microbiota. Nutrients, 15(9), 2211.
※2 Venega, DP..et al. (2019). Short Chain Fatty Acids (SCFAs)-Mediated Gut Epithelial and Immune Regulation and Its Relevance for Inflammatory Bowel Diseases. Frontiers in Immunology, 10, 277.
※3 有井 康博ほか 『食と栄養を学ぶための化学』(化学同人、2020年)104ページ
※4 化合物とは、2種類以上の原子からなる物質のことです。
※5 Martin-Gallausiaux, C.,et al. (2021). SCFA: mechanisms and functional importance in the gut. Proceedings of The Nutrition Society, 80(1), 37–49.
※6 有機化合物とは
私たちの身体を細かく細かくみていくと分子でできています。そして、その分子のうち、炭素原子Cを中心に構成している化合物を有機化合物といいます。物質の分け方のひとつです。有機化合物はすべて分子です。化合物とは、2種類以上の原子からなる物質のことを指します。お米や芋類に多く含まれる糖質、肉や魚などに含まれるタンパク質、魚油やアマニ油などの脂質、肉や野菜などから得られるビタミンは有機化合物です。
※7 Firrman, J.,et al. (2022). The impact of environmental pH on the gut microbiota community structure and short chain fatty acid production. Fems Microbiology Ecology, 98(5), fiac038.
※8 McNeil, NI.,et al. (1978). Short chain fatty acid absorption by the human large intestine. Gut, 19, 819–822.
※9 McOrist, AL.,et al. (2011). Fecal butyrate levels vary widely among individuals but are usually increased by a diet high in resistant starch. The Journal of Nutrition, 141, 883–889.
※10 Haenen, D.,et al. (2013). A diet high in resistant starch modulates microbiota composition, SCFA concentrations, and gene expression in pig intestine. The Journal of Nutrition, 143, 274–283.
※11 Donohoe, DR.,et al. (2011). The microbiome and butyrate regulate energy metabolism and autophagy in the mammalian colon. Cell Metabolism, 13, 517–526.
※12 Litvak, Y.,et al. (2018). Colonocyte metabolism shapes the gut microbiota. Science, 362, eaat9076.
※13 Kim, M.,et al. (2016). Gut Microbial Metabolites Fuel Host Antibody Responses. Cell Host Microbe, 20(2), 202–214.
※14 Chen, K. (2020). Rethinking mucosal antibody responses: IgM, IgG and IgD join IgA. Nature Reviews Immunology, 20(7), 427–441.
※15 Kim, M.,et al. (2017). Regulation of humoral immunity by gut microbial products. Gut Microbes, 8, 392–399.
※16 Nastasi, C.,et al. (2015). The effect of short-chain fatty acids on human monocyte-derived dendritic cells. Scientific Reports, 5, 16148.
※17 Pingitore, A.,et al. (2017). The diet-derived short chain fatty acid propionate improves beta-cell function in humans and stimulates insulin secretion from human islets in vitro. Diabetes, Obesity and Metabolism, 19, 257–265.
※18 Huang, X., et al. (2022). Dietary variety relates to gut microbiota diversity and abundance in humans. European Journal of Nutrition, 61(8), 3915–3928.