分子栄養学「ナトリウムとカリウムの秘密 – 神経細胞の生命を支える電解質の重要性」


私たちの体内では、目に見えない小さな電気信号が絶えず行き交い、生きていくための活動を支えています。
この身体の中の電気システムの主役を担うのが
・ナトリウム
・カリウム
という2つの栄養素です。
今回は、分子栄養学のミネラルを学ぶ上での基礎的な身体の仕組みとして
・神経細胞の電気信号を伝えるナトリウムとカリウム
に焦点を当て、なぜとても大切なのかをわかりやすく解説いたします。一緒に見ていきましょう。
なぜ神経細胞にナトリウムとカリウムが必要なのか?そのメカニズムと重要性

私たちの身体は、まるで精密機械のように複雑なシステムで成り立っています。約37兆個のすべての細胞がそれぞれの重要な役割を果たし、一人の心と身体が機能します。
脳や神経系は、私たちが考え、感じ、行動するための司令塔として、非常に重要な役割を担っています。この神経系の働きを支える最小単位として働く細胞が神経細胞(ニューロン。以下、神経細胞)です。
神経細胞では、目に見えない小さな電気の流れが絶えず行き交い、生きていくための活動を支えています。
この身体の中の電気システムの主役を担うのが
・ナトリウム
・カリウム
という2つの栄養素、ミネラルです。これらは「電解質(でんかいしつ)」とも呼ばれ、水に溶けると電気を通す性質があります。
今回は、ナトリウムとカリウムが特に脳や身体の中の「神経細胞」という信号を伝える細胞にとって、なぜとても大切なのかをわかりやすく解説いたします。
神経細胞の基本と生命維持:私たちの「考える」を支えるミクロの世界

まず神経細胞がどのようなものか、簡単にご説明しましょう。
神経細胞の役割は、
・情報を伝達すること
です。
神経細胞は、情報を電気信号としてやり取りすることで、私たちの思考、記憶、感情、運動などを司っています。神経細胞は、例えるなら、身体中に張り巡らされた超高性能な電線のようなものです。
そしてこの神経細胞が生きて仕事をするためには、細胞の内側と外側で、特定の物質の濃度を適切に保つ必要があります。
特に重要な物質のひとつが、今回注目する
・ナトリウムイオン(Na+)
・カリウムイオン(K+)
です。イオンとは、電気を帯びた原子などのことです。プラスの電気を帯びたものを陽イオン、マイナスの電気を帯びたものを陰イオンと呼びます。ナトリウムイオンもカリウムイオンも陽イオンです。
通常、健康な神経細胞では、細胞の外側にはナトリウムイオンが多く、内側にはカリウムイオンが多く存在するという濃度差が保たれています。
そしてこの濃度差こそが、神経細胞が電気信号を発生させ、情報を伝達するための基礎となります。
もしこのバランスが崩れてしまうと神経細胞は正常に機能できなくなり、最悪の場合、細胞死に至ることもあります。つまりナトリウムとカリウムの適切なバランスは、神経細胞の生命維持そのものに直結しています※1。
電気信号の立役者ナトリウムとカリウムが織りなす神経細胞のコミュニケーション

神経細胞が情報を伝える際には、「活動電位(action potential)」と呼ばれる電気信号が発生します。
これは、神経細胞の膜(細胞膜)にある特別な出入り口(イオンチャネル)を通じて、ナトリウムイオンとカリウムイオンが細胞の内外を移動することで引き起こされます。
具体的には、
①神経細胞が刺激を受けると、まずナトリウムチャネルというナトリウムイオン専用の扉が一斉に開く
↓
②細胞外に豊富に存在するナトリウムイオンが、濃度の薄い細胞内へと勢いよく流れ込む
プラスの電気を帯びたナトリウムイオンが一気に細胞内に入ることで、細胞の内側が一時的にプラスに帯電します。これが活動電位の発生です。
次に、少し遅れてカリウムチャネルというカリウムイオン専用の扉が開きます。すると、今度は細胞内に多く存在するカリウムイオンが、濃度の薄い細胞外へと流れ出します。
プラスの電気を帯びたカリウムイオンが細胞外に出ることで、細胞の内側は再び元のマイナスの状態に戻り、活動電位は終息します。
このように、ナトリウムイオンの流入とカリウムイオンの流出というイオンのダイナミックな動きによって電気信号が生み出されます。

そして細胞膜を通して連続的に起こる活動電位が、
・神経細胞の軸索の末端部分(神経終末)
に最終的にたどり着くことで神経伝達物質※2が放出され、情報が次の神経細胞へと伝えられます。
この一連の流れがスムーズに行われるためには、ナトリウムとカリウムの細胞内外における濃度差が常に保たれていることが絶対条件となります。
ナトリウムポンプ(Na+/K+-ATPase)が守る神経細胞の活動

しかしカリウムは活動電位が終息した後も、一時、細胞外に流れ出ます。その結果、一瞬の間、元の状態よりも細胞の中がマイナスの状態になってしまいます。
このナトリウムとカリウムが乱れた状態を、どのようにして元に戻しているのでしょうか。
ここで登場するのが、
・ナトリウムポンプ(Na+/K+-ATPase)
と呼ばれる非常に重要なタンパク質です。
ナトリウムポンプは、エネルギーの乾電池ATP(アデノシン三リン酸)を消費しながら、細胞内に入ってきたナトリウムイオンを細胞外へ汲み出し、同時に細胞外に出ていったカリウムイオンを細胞内へ取り込む働きをしています。例えるなら、細胞内外のイオンの量を常に監視し、適切なバランスに調整してくれる門番のような存在です。
ナトリウムポンプはATPに蓄えられたエネルギーを使って、細胞内からナトリウムイオンを3個汲み出し、同時に細胞外からカリウムイオンを2個取り込みます※1。
このナトリウムポンプの働きのおかげで、細胞内外のナトリウムイオンとカリウムイオンは完全に元の状態に戻ります。そして神経細胞は繰り返し活動電位を発生させることができ、私たちは継続的に思考したり、身体を動かしたりすることが可能になります。
今回のまとめ
ナトリウムとカリウムは、神経細胞が生命を維持し、正常に機能するために必要不可欠なミネラルです。
ナトリウムとカリウムが作り出す細胞内外の濃度差が電気信号の源となり、ナトリウムポンプがそのバランスを維持することで、私たちは日々の生命活動を営むことができています。
極端な食事制限や偏った食生活、あるいは激しい運動による多量の発汗などによって、体内のナトリウムやカリウムのバランスが崩れることがあります。
これらのミネラルの重要性を理解しバランスの取れた食生活を心がけることは、神経細胞を健康に保ち、ひいては私たちの心と身体の健康を守る上で非常に重要です。
これから暑くなる季節。暑熱対策の一環として栄養素のバランスの良い食生活を送り、適切なナトリウム・カリウム摂取、適切なミネラル摂取を心掛けましょう。
(※食事の基本)
(※ミネラルって何?)
※1 Jomova, K.,et al. (2022). Essential metals in health and disease. Chemico-Biological Interactions, 367, 110173.
※2 神経伝達物質は脳を構成する神経細胞(ニューロン。以下、神経細胞)の会話を伝達する重要な物質です。この神経伝達物質のバランスが整うことが、私たちの気分や感情をコントロールするカギになるといわれます。
(※心が元気になる栄養素:タンパク質)