分子栄養学の暑熱対策④「熱ストレスの専門用語:暑さ指数(WBGT:湿球黒球温度)、黒球温度とは」
暑さから身体を守るには、気温だけでなく湿度、輻射熱、風速などが重要なことをご存じですか?
熱中症予防のために、それらを総合的に考えた指標が暑さ指数(WBGT:湿球黒球温度)です。
今回は分子栄養学の熱ストレス対策を考える上で重要な「暑さ指数(WBGT:湿球黒球温度)」、そしてそれを求める際に使われる「黒球温度」「輻射熱」について一緒に学びましょう。
熱中症警戒アラートは、暑さ指数(WBGT)を基準に発表される
皆さんを猛暑の危険から守るため、ニュースの天気予報では熱中症警戒アラートが流れます。その熱中症警戒アラートは何を基準にして発表されているか、ご存じですか?
その答えは「暑さ指数(WBGT:湿球黒球温度)」です。
熱中症警戒アラートは、1日の暑さ指数(WBGT)が最高33℃以上になると予測される場合に発表されています※1。
暑さ指数(WBGT:Wet Bulb Globe Temperature)とは
暑さ指数(WBGT:Wet Bulb Globe Temperature:湿球黒球温度。以下、WBGT)は、「気温、湿度、輻射熱」を考慮して計算された温度の指標です※2。正確にはそれらに加えて風速も影響します※2。
WBGTは熱中症予防を目的とした暑さ指数のことです。単位は「℃(度)」で表します※3。
WBGTは「人体と外気との熱のやりとり(熱収支)」※4、つまり私たちの適切な体温維持に深く関係する3つの要素「 ①湿度、 ②日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境、 ③気温」※4をもとに計算されています。
WBGTはもともと1950年代にアメリカ合衆国において、陸軍と海兵隊の訓練中の熱中症を防ぐために開発されました※5。画期的だったのは、それまでの気温と湿度に加えて「太陽」と「風」の影響も考慮に入れたことだと言われています※5。WBGTを導入することで、熱中症を減らすことが可能になったと報告されています※5。
WBGTの計算方法・計算式
WBGTは以下のような式で計算されます。
●日射のある屋外の場合※6
WBGT=(0.7×湿球温度)+(0.2×黒球温度)+(0.1×乾球温度)
●屋内の場合※6
WBGT=(0.7×湿球温度)+(0.3×黒球温度)
WBGTを求める計算の7割を占める湿球温度は主に「湿度の影響」※2を示す温度です。乾球(かんきゅう)温度は天気予報で発表される気温のことを指しています。(※乾球温度、湿球温度とは)
黒球温度(GT:Globe Temperature)とは
それでは黒球(こっきゅう)温度(Globe Temperature)はどんな温度を指すでしょう。なぜ熱中症から身を守るために黒球温度を考えることが必要なのでしょうか。
黒球温度は主に「輻射熱(ふくしゃねつ)の影響」※2を示す温度です。単位は「℃(度)」で表します※3。
黒球温度は文字通り、中が空洞になっている銅製の黒色の球(直径 約15cm※7)の中心に温度計を入れて測ります。黒い球の表面にはほとんど光を反射しない黒い塗料が塗ってあります。
この黒色の球はほとんどの光を反射しないため、ほとんどの赤外線を吸収します(平均放射率0.95)。黒球温度は「直射日光にさらされた状態での球の中の平衡温度※8を観測」※3 しているため、風の弱い時に日がよく当たる場所で人が感じる体感温度と良い相関関係があるとされています※3。
人は日々の生活の中で頭上から受ける太陽光、足元のアスファルトからの照り返し、建物からの熱など、360度全方向から輻射熱の影響を受けます。そのため、輻射熱は熱ストレスを考える上で重要な要素となります。(※熱ストレスって何?)
その輻射熱の影響を主に示してくれるのが黒球温度です。
輻射熱とは
それではここで輻射熱とは何かについて改めて考えてみましょう。
「輻射熱とは、日射しを浴びたときに受ける熱や、地面、建物、人体などから出ている熱です。温度が高いものからはたくさん出ます。」※4
輻射とは「熱の伝わり方」の1つです。例えば湯たんぽや使い捨てカイロなどは「具体的な物」を直接触ることで熱が伝わります。この熱の伝わり方は「熱伝導」といわれるものです。
輻射は熱伝導とは異なり具体的な物に触らずに、離れたところにある物体に赤外線を介して熱が伝わる伝わり方を意味します。赤外線は人の目には見えませんが熱を運ぶ性質があり、物が直接くっついていなくても熱を伝えることができます。
輻射熱とは、赤外線によって離れた場所にある物に伝わる熱のことです。
例えば日射による熱(太陽光によって生じる熱)は、太陽から離れた地球を暖める「輻射熱」の1例です。日射とは「地球が太陽から受け取るエネルギー」のことを指します※9。輻射熱は温度の高い方から低い方へと移動します。
人が感じる暑さは気温、湿度、風の強さ、直射日光や熱くなった路面のアスファルトなどから放出される熱、衣服などに大きく影響されます※10、※11。これらの中で「直射日光や熱くなった路面のアスファルトなどから放出される熱」が輻射熱にあたります。
木陰に入るだけで涼しく感じる理由は輻射熱にある
太陽がさんさんと降り注ぐ真夏のお昼を想像してみましょう。
大きな木陰に入った場合と、木陰には入らない場合。どちらが涼しく感じるでしょう。
木陰に入った方が涼しく感じることはありませんか。
真夏の同じ気温であっても、直接太陽の光を受ける場合と、大きな木陰に入る場合では7℃ほど体感温度が異なるという報告があります※12、※13。なぜなら「頭上からの日射と足元からの赤外放射が大幅に減」※13る、つまり輻射熱が減るからです。
真夏のアスファルトの道路の「表面温度は60℃を超える」※13こともあるそうです。そうすると、その道路を歩く私たちは、足元からの赤外放射も強く受けることになります。
これが、熱中症を防ぐために気温だけでなく輻射熱も考慮に入れる理由です。
私たちの身体は、皮ふの温度が周囲の温度よりも高い場合、熱は身体から環境に流れます。しかし逆に周囲の温度が皮ふの温度よりも高い場合、環境から熱を受け取ることになります※10。そしてこれが熱ストレスにつながり、熱中症のリスクとなってしまいます。(※熱ストレスって何?)
スポーツの熱中症予防対策にもWBGTが利用される
国際オリンピック委員会(IOC:International Olympic Committee)やFIFA(国際サッカー連盟:Fédération Internationale de Football Association)においてもWBGTは熱ストレスを軽減するためのひとつの指標として使用されている旨が報告されています※14。WBGTをさらに正確な指針とするため、世界中で研究が進められています※15。
日本のスポーツ庁より全国に通達された「スポーツ活動における熱中症事故の防止について」においても、「活動の場所や種類にかかわらず、暑さ指数(WBGT:湿球黒球温度)に基づいて活動中止を判断すること」※16の重要性が記されています。
日本では、日本生気象学会が発表しているWBGTを用いた熱中症予防指針のほかに、日本スポーツ協会による熱中症予防運動指針が発表されています※4。
自分の住んでいる地域の毎日のWBGTは?
毎日、時間ごとに変わるWBGT。
環境省の熱中症予防情報サイト(https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt_data.php#2)では、日本全国の今日の暑さ指数(WBGT)が大まかな時間ごとに示されています。ぜひ暑さから身を守る手段としてお役立てください。
今回のまとめ
私たちが暑さから身を守る対策を考えるには、気温だけでなく、湿度、輻射熱そして風速を入れて考えることが必要です。
そのために開発された暑さ指数がWBGTです。WBGTは乾球温度、湿球温度、黒球温度を総合して算出される、熱中症予防のための指標です。
ただしWBGTはあくまで環境の熱ストレスを評価する指標であり、人が実際に受けている熱ストレスを表すものではありません※17。活動内容や衣服の通気性があるかどうか、十分な休憩やミネラル・水分補給なども考慮に入れて熱中症を予防することが大切です。
分子栄養学の熱ストレス対策としてのビタミンやミネラルの十分な補給とともに、毎日の熱中症警戒アラートを確認し、熱ストレスから自分を守る手段としてWBGTを活用していきましょう。(※分子栄養学による暑熱対策②「暑さで心臓が酷使される!?」)
※1 出典:気象庁ホームページ (https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/heat_alert.html)
※2 出典:「熱中症予防サイト」(環境省) (https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt_lp.php)(2024年9月18日に利用)
※3 出典:「熱中症予防サイト」(環境省) (https://www.wbgt.env.go.jp/doc_observation.php)(2024年9月18日に利用)
※4 出典:「熱中症予防サイト」(環境省) (https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php)(2024年9月18日に利用)
※5 Budd, GM. (2008). Wet-bulb globe temperature (WBGT)--its history and its limitations. Journal of Science and Medicine in Sport, 11(1), 20–32.
※6 堀越 哲美ほか.(2021).生活実感に呼応する相対湿度50%を基準としたWBGTの提案.日本生気象学会雑誌,57(4),117–126.
※7 直径 約7.5cmなどのものもあります。
※8 熱は高い温度の物体から低い温度の物体へと移動します。その後、双方の温度が等しくなって熱の移動がなくなります。この状態を熱平衡と呼びます。
※9 出典:気象庁ホームページ (https://www.data.jma.go.jp/env/radiation/know_adv_rad.html)
※10 Cramer, MN.,et al. (2022). Human temperature regulation under heat stress in health, disease, and injury. Physiological Reviews, 102(4), 1907–1989.
※11 Kjellstrom, T.,et al. (2009). Workplace heat stress, health and productivity – an increasing challenge for low and middle-income countries during climate change. Global Health Action, 2, 10.3402/gha.v2i0.2047.
※12 萩島 理ほか.(1999).数値計算による街路樹の暑熱緩和効果の評価:街路樹のある街路の温熱環境予測その2. 日本建築学会計画系論文集, 525, 83–90.
※13 出典:「まちなかの暑さ対策ガイドライン 令和4年度部分改訂版、第1章 まちなかの暑さと暑熱ストレス」(環境省) (https://www.env.go.jp/content/900400038.pdf) (2024年9月18日に利用)
※14 Ebi, KL.,et al. (2021). Hot weather and heat extremes: health risks. The Lancet, 398(10301), 698–708.
※15 Brimicombe, C.,et al. (2023). Wet Bulb Globe Temperature: Indicating Extreme Heat Risk on a Global Grid. GeoHealth, 7(2), e2022GH000701.
※16 出典:「熱中症事故の防止について(依頼)」(スポーツ庁) (https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/hakusho/nc/jsa_00041.html) (2024年9月17日に利用)
※17 Racinais, S.,et al. (2015). Consensus recommendations on training and competing in the heat. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports, 25(S1) , 6–19.