分子栄養学のミネラル「食欲の秋、血糖値コントロールに必要なインスリンに関わる亜鉛のお話」
適切な血糖値コントロールを支えるインスリンをつくる過程に、亜鉛が関わっていることをご存じですか?
亜鉛は糖尿病などとの関連が研究されている重要なミネラルであり※1、分子栄養学が重要視する微量ミネラルのひとつです。
食欲の秋。新米、栗、柿、ぶどうなど、糖質の美味しい季節の到来です。今回は、血糖値コントロールで大活躍する「インスリン」生合成に関わる亜鉛について、分子的な基礎を一緒に学びましょう。
インスリンとは
インスリンとは、血糖値※2を下げる唯一のホルモン※3です。
血糖値が上がると、インスリンが特定の器官(標的臓器)に合図を送って糖をとり込み血糖値を下げようとします。
インスリンの合図によって糖のとり込みをするのは
・肝臓
・筋肉
・脂肪組織
といった臓器です※18。
適切なインスリン分泌は、適切な血糖値維持のカギ
健康であればインスリンの合図によって血糖がスムーズにとり込まれるため、血糖値は食後2時間以内に元に戻ります。しかしインスリンの分泌量が少なかったり、分泌量が適切でも働けなかったりすると血糖値が高い状態が続きます。
またインスリンの遅延過剰分泌※4は、肥満のもととも考えられています。(※食後高血糖は分子栄養学的ダイエットの敵! 肥満の理論「糖質-インスリンモデル」)
血糖値は高すぎても低すぎても人の健康に悪影響を及ぼします。そこでまずは適切な量のインスリンが作られて適切なタイミングで分泌され、適切に働けることがとても重要です。
血糖値コントロールのカギを握るインスリン。今回は分子栄養学の提唱する血糖値コントロールの基礎として、インスリンの生合成に亜鉛が関わることを分子レベルで学びましょう。(※「血糖値」、「糖質」、「GI値」、「GL値」って何ですか?)
亜鉛は膵臓のインスリン生合成をサポートする重要なミネラル
インスリンは膵臓のβ細胞(以下、β細胞)というところで作られます。膵臓はおなかの裏側、胃のちょうど後ろあたりにある横に細長い臓器です。
インスリンは
・A鎖(21個のアミノ酸※5がつながってできている)
・B鎖(30個のアミノ酸がつながってできている)
の2つの鎖で構成された、51個のアミノ酸がつながった小さなタンパク質(ポリペプチド)です※6。
インスリンはいつでも活躍できるようにβ細胞の中に存在する
・インスリン顆粒
の中に結晶として安定して貯められています※7。
そしてその結晶は
・インスリンが6個集まった形(インスリン6量体※8)
でできています※7。
このインスリンの結晶をつくるために、
・亜鉛(亜鉛イオン)
が2つ必要であることが示されています※6、※7、※9。
亜鉛が存在することで、もともとバラバラで働くはずのインスリンが6個集まって、β細胞のインスリン顆粒の中に濃縮して結晶として存在しています※6。
いざインスリンの出番が来ると、膵臓から血液中にインスリン分子が6個集まった形のインスリン6量体が分泌されます。そして血液中に出るとまとめ役だった亜鉛が離れ、1つひとつのインスリンとして働けるかたち(活性状態)となり、標的細胞に合図を送れるようになると考えられています※1、※6。
亜鉛が欠乏すると、このβ細胞のインスリン顆粒が減少することが動物実験で示されているとの報告があります※7、※10。
以上がβ細胞において、インスリンの生合成の過程を亜鉛がサポートしている大まかなあらすじです。
このほか、インスリン顆粒の中に亜鉛を通す働きをしていると考えられているのがタンパク質(ZnT8)です※1。このタンパク質(ZnT8)があることで、インスリンの濃縮された結晶化が進むことがマウスの研究で示されています※11、※12、※13、※14、※15。
また他の亜鉛を運ぶタンパク質(亜鉛トランスポーター:ZnT3、ZnT7)もインスリンの分泌に関わっていることが示唆されています※7、※16、※17。
今回のまとめ
亜鉛は、血糖値コントロールに欠かせないインスリン分泌に関わると考えられているミネラルです。(※ミネラルって何?)
膵臓β細胞の中でのインスリンの結晶化を亜鉛がサポートしていることが示されています。
分子栄養学では糖質を正常に代謝するため、亜鉛とともにエネルギー代謝経路の栄養素(マグネシウム、ビタミンB群、CoQ10、鉄など)も意識して摂ることをお勧めいたします。(※亜鉛を多く含む食品)(※エネルギーをつくるための必須栄養素「マグネシウム、ビタミンB群、CoQ10、鉄」)
食欲の秋、血糖値コントロールを適正に保つため、分子栄養学の栄養素とともにタンパク質や食物繊維の後に糖質を摂るなど、糖質はほどほどに楽しんでいきましょう。(※食事の基本)
※1 Fukunaka, A.,et al. (2018). Role of zinc homeostasis in the pathogenesis of diabetes and obesity. International journal of molecular sciences, 19(2), 476.
※2 血糖値とは、血液100mL(1dL)にブドウ糖(グルコース)がどのくらい含まれているかの値です。ブドウ糖とは、糖質(ごはんやパン、麺など)のいちばん小さな単位です。
※3 ホルモンとは、身体の中の細胞と細胞の間で情報を伝える情報伝達物質のことです。
※4 インスリンの遅延過剰分泌とは、食事摂取後にインスリンが分泌し始めるタイミングが遅れ、さらに過剰な分泌が続くことを指しています。
※5 アミノ酸とは、タンパク質のいちばん小さな単位分子のことをいいます。
※6 Hirsch, IB.,et al. (2020). The Evolution of Insulin and How it Informs Therapy and Treatment Choices. Endocrine Reviews, 41(5), 733–755.
※7 Tamura, Y. (2021). The Role of Zinc Homeostasis in the Prevention of Diabetes Mellitus and Cardiovascular Diseases. Journal of Atherosclerosis and Thrombosis, 28(11), 1109–1122.
※8 6量体とは、同じ種類の分子(今回はタンパク質)が6個結合してつくられる複合体のことをいいます。
※9 Dunn, MF. (2005). Zinc-ligand interactions modulate assembly and stability of the insulin hexamer -- a review. Biometals, 18(4), 295–303.
※10 Boquist, L.,et al. (1969). EFFECTS ON THE ENDOCRINE PANCREAS IN CHINESE HAMSTERS FED ZINC DEFICIENT DIETS. Acta Pathologica Microbiologica Scandinavica, 76, 215–228.。
※11 Kambe, T.,et al. (2015). The physiological, biochemical, and molecular roles of zinc transporters in zinc homeostasis and metabolism. Physiological reviews, 95(3), 749–784.
※12 Lemaire, K.,et al. (2009). Insulin crystallization depends on zinc transporter ZnT8 expression, but is not required for normal glucose homeostasis in mice. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106, 14872–14877.
※13 Nicolson, TJ.,et al. (2009). Insulin storage and glucose homeostasis in mice null for the granule zinc transporter ZnT8 and studies of the type 2 diabetes-associated variants. Diabetes, 58, 2070–2083.
※14 Tamaki, M.,et al. (2013). The diabetes-susceptible gene SLC30A8/ZnT8 regulates hepatic insulin clearance. Journal of Clinical Investigation, 123, 4513–4524.
※15 Wijesekara, N.,et al. (2010). Beta cell-specific Znt8 deletion in mice causes marked defects in insulin processing, crystallisation and secretion. Diabetologia, 53, 1656–1668.
※16 Smidt, K.,et al. (2009). SLC30A3 responds to glucose- and zinc variations in beta-cells and is critical for insulin production and in vivo glucose-metabolism during beta-cell stress. PLoS One, 4, e5684.
※17 Huang, L.,et al. (2010). Over-expression of ZnT7 increases insulin synthesis and secretion in pancreatic beta-cells by promoting insulin gene transcription. Experimental Cell Research, 316(16), 2630–2643.
※18 医療情報科学研究所(編) 『病気がみえる vol.3 糖尿病・代謝・内分泌 第5版』(メディックメディア、2019年)4ページ