分子栄養学の栄養素:ビタミンAを知る②「ビタミンAには働きに応じたかたちがある」
食事で摂るビタミンAのかたち:動物性ビタミンA、植物性カロテノイド(プロビタミンA)
食事で摂るビタミンAのかたちにはいろいろあります。動物性食品に主に含まれるのが、レチノール、レチニルエステル(RE:レチノールが脂肪酸と結合している貯蔵型のかたち)です※7。緑黄色野菜など植物性食品に含まれるのがカロテノイド(α-カロテン、β-カロテン、β-クリプトキサンチンなど)です※8。カロテノイドは必要に応じて必要な分だけビタミンAに変換されるため、プロビタミンA(ビタミンAの前駆体※9)と呼ばれます。
ビタミンAには働きに応じたかたちがある:レチノール、レチナール、レチノイン酸
食品として体内に入ったビタミンAはさまざまなかたちに変換されます。レチノール、レチナール、レチノイン酸などです。体内にとり込まれたレチノールは、ビタミンAを必要とする各細胞の中でレチナールやレチノイン酸に変換され、それぞれがそれぞれの役割をもって働きます。
レチノールからレチナール、レチニルエステルからレチノールへの変換はそれぞれ行き来できますが(可逆的な反応)、レチナールからレチノイン酸への変換(酸化反応)は一方通行で不可逆的な反応です※10。
レチナールは目(視覚)、レチノイン酸は遺伝子制御に働く
レチノール、レチナール、レチノイン酸の3つの中で、レチナールは目(視覚)に働きます※1。またレチノイン酸が遺伝子制御(遺伝子をONにしたりOFFにしたり調整・コントロールする働き)を司り※2、正常な成長促進※3、正常な皮ふや粘膜・粘液※4、免疫細胞の適正な活発化※4、※5、抗がん作用※6などに働くと考えられています。
すべて “ビタミンA” という同じ栄養素に分類されますが、分子的にはそれぞれ働くときのかたちが違っています。( ※「分子」についての基礎は、※分子栄養学とは②、分子栄養学とは③ をご参照ください。)
レチノールがレチナールに、レチナールがレチノイン酸に変換するにはナイアシンが必要
レチノールがレチナールになり、レチナールがレチノイン酸になる反応には、どちらもナイアシン(NADまたはNADP)が関わります※4。
ビタミンAには「細胞に“こうなりなさい”」と命令する働き(細胞分化誘導作用)がある
ビタミンAは、「強力な細胞分化誘導作を有することがわかっている※11」栄養素です※8。その作用があるのは、ビタミンAのうちのレチノイン酸であると考えられています※12。レチノイン酸は500種類以上の遺伝子制御(遺伝子をONにしたりOFFにしたり調整・コントロールする働き)に関わっているといわれます※13。
分化誘導作用の「分化」とは、生物学において細胞の機能や形態などが特殊化して発達していくことです。分化誘導とは、何らかの刺激を受けて細胞が分化を引き起こしていくことを指しています。
ヒトはもともと母の卵子と父の精子が合体してできた受精卵という1つの細胞から始まります。受精後、その1つの細胞が分裂に分裂を繰り返して、1つが2つになり、2つが4つになり、4つが8つになり、、、最終的に数十兆個の細胞になって1人の人間になります。1人の人間をつくるのは、約200種類の細胞です。最初は同じ1個の細胞であるにもかかわらず、それが分裂を繰り返すうちにそれぞれが手となり目となり足となり、それぞれの役割を担うかたちの細胞に分化し増殖していきます。
この生命の神秘ともいえる細胞の増殖と分化に関わる栄養素のひとつがビタミンAです。ビタミンAにはこの細胞に対してこうなりなさい、と遺伝子に働きかけて命令する力(細胞分化誘導作用)があり、ヒトが一人の人間として成長・発達するのにとても重要な働きをしています※12、※14。最適量のビタミンAは、妊娠時、赤ちゃんの正常な発育にも必須です※3、※14。そしてそれは、受精した直後から人の一生を通して続きます。
レチノールが抗がん作用を示す?
現在、ほとんどの機能(成長、免疫、抗がん作用)を示すのはレチノイン酸だと考えられていますが、新たにレチノールが抗がんに働くのではないかという考え方が発表されています。ビタミンAの最適な栄養管理が、抗がん作用として有効ではないかと研究が進められています※7。
分子栄養学では、ビタミンAは天然由来のプレカーサー(レチノール)の形で摂取、ビタミンDも一緒に
分子栄養学では、ビタミンAを補給する際には、天然食品由来のレチノールのかたちで摂ることを重要視しています。栄養素は前駆体(プレカーサー)で摂る、という分子栄養学の考え方に基づくものです。
栄養素が体内で働くときには複雑な代謝(※分子栄養学とは⑤)が行われます。そして、いわゆる活性化という状態を身体がつくって、栄養素が働きます。その生体内のもつ巧妙かつ神秘とも呼べる働きや仕組みを最大限に尊重することが、分子栄養学の栄養素を考える上での神髄のひとつです。
摂取したレチノールは「体内の要求に応じ※11」、ビタミンAを必要とする各細胞まで運ばれ、各細胞の中でレチナール、レチノイン酸に変わっていきます。そして現在、レチノールが変わったかたち、レチノイン酸が遺伝子に働く分化誘導作用を行うと考えられています。生体に害を及ぼさず、生体の自然治癒力を最大限に引き出していくために、分子栄養学では、ビタミンAは必ず天然食品由来のプレカーサーというかたちで摂ることを大切にしています。(※分子栄養学実践に求められるサプリメントの品質その2)
カロテノイド(α-カロテン、β-カロテンなど)を摂る場合にも、天然食品由来と同じかたちで、複数の栄養素を組み合わせた、分子栄養学実践に求められる品質を兼ね備えた食品やダイエタリーサプリメントを摂取することをお勧めしています。またビタミンAを摂る場合には、同じく細胞の遺伝子制御に関わると研究されているビタミンDも一緒に摂ることもお勧めしています。
分子栄養学実践の医師の詳しい問診とモニタリングとともに、過剰症に気をつけ、上手なビタミンA補給をしていきましょう。
※1 Dewett,D.,et al. Mechanisms of vitamin A metabolism and deficiency in the mammalian and fly visual system. Developmental Biology, 476: 68-78.(2021) ※2 Balmer, JE., et al. Gene expression regulation by retinoic acid. Journal of Lipid Research, 43(11):1773-1808. (2002) ※3 Ross, SA.,et al. Retinoids in embryonal development. Physiological reviews,80(3):1021-1054.(2000) ※4 Huang, Z.,et al. Role of Vitamin A in the Immune System. Journal of Clinical Medicine, 7(9): 258.(2018) ※5 Iwata,M.,et al. Retinoic acid imprints gut-homing specificity on T cells. Immunity, 21(4):527-538.(2004) ※6 Guarrera, L.,et al. Anti-tumor activity of all-trans retinoic acid in gastric-cancer: gene-networks and molecular mechanisms. Journal of Experimental and Clinical Cancer Research, 42(1):298.(2023) ※7 Takahashi, N. Inhibitory Effects of Vitamin A and Its Derivatives on Cancer Cell Growth Not Mediated by Retinoic Acid Receptors. Biological and Pharmaceutical Bulletin, 45(9):1213-1224.(2022) ※8 Tanumihardjo, SA.,et al. Biomarkers of Nutrition for Development (BOND)-Vitamin A Review. Journal of Nutrition,146(9):1816S-1848S.(2016) ※9 前駆体とは、英語でPrecursor、化学反応において、ある物質に変わる前段階の物質のことをいいます。 ※10 Tanumihardjo, SA. Vitamin A: biomarkers of nutrition for development. American Journal of Clinical Nutrition, 94(2): 658S-665S.(2011) ※11 小川 佳宏,他.ネスレ栄養科学会議監修.『栄養とエピジェネティクス―食による身体変化と生活習慣病の分子機構―』,建帛社,pp2-6. (2012) ※12 Ghyselinck, NB.,et al. Retinoic acid signaling pathways. Development, 146(13): dev167502.(2019) ※13 Balmer, JE., et al. Gene expression regulation by retinoic acid. Journal of Lipid Research, 43(11):1773-1808. (2002) ※14 Marlétaz, F.,et al., Retinoic acid signaling and the evolution of chordates. International Journal of Biological Sciences, 2(2):38-47.(2006)