脳とオメガ3脂肪酸の分子栄養学「健康な脳は『柔らかさ(流動性)』が大切!」


人の心を司る脳。健康な脳の働きに、神経細胞膜の “柔らかさ” が大切だと考えられていることをご存じですか。
今回は、
・神経細胞の膜の柔らかさ(流動性)とオメガ3脂肪酸(n-3系脂肪酸。以下オメガ3脂肪酸)
の関係に焦点をあて、心と脳、オメガ3脂肪酸の基礎的な考え方について専門家がわかりやすく解説いたします。一緒に見ていきましょう。
オメガ3脂肪酸は脳の救世主?神経細胞膜の柔らかさとオメガ3脂肪酸の仕組みを徹底解説!

私たちの脳は、数えきれないほどの
・神経細胞(ニューロン:脳の基本となる細胞。以下、神経細胞)
が集まってできています。そして脳科学の分野では、その神経細胞同士がリレー方式で連絡を取り合い複雑な回路をつくることで、感情を感じたり考えたりする「心」が生まれるといわれます。
その情報のやり取りをする場が
・シナプス
です。神経細胞同士は「シナプス」と呼ばれるつなぎ目で情報を伝え合い、会話しています。
シナプスは物理的に接触しているわけではなく、とても小さなシナプス間隙(シナプスかんげき)というすき間をつくっています。そのすき間では、以下のように情報が伝わります。
①情報を伝える側の神経細胞から「神経伝達物質」が放出される※1
↓
②神経伝達物質が、情報を受け取る側の神経細胞の表面にある「受容体」と呼ばれる特殊な膜タンパク質にぴったりとくっつく
受容体はタンパク質でできた情報を受け取るためのアンテナのようなものです。
神経伝達物質と受容体は「鍵と鍵穴」のようなくっつき方によって情報が伝達されます。神経伝達物質には、リラックスした穏やかな気分をつくる「セロトニン」、やる気や報酬感覚に関わる「ドーパミン」、集中力や注意力の維持に重要な「ノルアドレナリン」など、さまざまな種類があります。
そしてこの受容体が存在している場所が、今回の主題である細胞膜(さいぼうまく)です。
細胞膜の主成分「リン脂質」にオメガ3脂肪酸が組み込まれると、細胞膜の性質が大きく変わります。「膜の柔らかさ」が生まれると考えられているからです※2。
細胞膜は、細胞と細胞を仕切る単なる壁としての役割だけなく、
・神経伝達物質の受容体
・イオンチャネル(イオンと呼ばれる小さな電気を帯びたカリウムやナトリウムなどが通過する門)
など、数多くの膜タンパク質を埋め込んだとても活発かつ重要な場所です※2、※3。
細胞膜が柔らかいと、神経伝達物質の受け渡しなど細胞間の情報伝達がスムーズになり、脳の機能が正常に保たれると考えられています※2、※4、※5。
神経細胞の膜の秘密:「柔らかさ(流動性)」

神経細胞がスムーズに情報を伝えたり、正常に働いたりするために重要な細胞膜。
その働き(機能)のカギのひとつと考えられているのが、「膜の硬さ」です。
神経細胞の膜は適度な「柔らかさ」が保たれていることが正常な機能に不可欠であるとされています。そしてこの柔らかさのことを、
・膜の流動性(まくのりゅうどうせい)
と呼んでいます。
想像してみてください。カチカチに硬くなった膜よりも、しなやかで動きやすい膜の方が、情報の受け渡しや物質の出入りがスムーズに行えそうだと思いませんか?
オメガ3脂肪酸は、神経細胞の膜の主要な構成成分となり、膜の「柔らかさ(膜の流動性)」を高めます。
特にオメガ3脂肪酸
・DHA(Docosahexaenoic Acid:ドコサヘキサエン酸。以下、DHA)
は脳細胞膜の主要成分として、細胞の「柔らかさ」つまり「流動性」を保つ役割を担うことが報告されています※4、※5、※6。そしてこれにより神経細胞間の情報のやり取りがスムーズになり、記憶や学習といった脳機能の維持に役立つひとつの要因として考えられています※2、※5。
逆に膜が硬すぎると情報の伝達が滞ったり、神経細胞がうまく働けなくなったりして、脳の機能低下につながる可能性が報告されています※2、※7。
オメガ3脂肪酸の力:神経細胞膜をしなやかに保つ秘訣

それではなぜDHAが細胞膜に取り込まれることで流動性が高まるのでしょうか。
少し難しい化学のお話になりますが、DHAの分子構造にある多くの
・二重結合(原子と原子の間の結合が二重になっている部分)
がその理由です。この二重結合があると、DHAの分子が折れ曲がった形になります。これは直線的な分子と違って、ちょうど曲がったパズルのピースのようなイメージです。
この曲がった形のDHAが細胞膜に組み込まれると、まっすぐな分子だけで作られた膜と比べて、分子同士の間に少しすき間ができます。これにより、膜全体に「流動性」が生まれると考えられています※3、※8、※9、※10。
研究によると、単なるオメガ3脂肪酸の摂取だけでなく、適切なオメガ3:オメガ6脂肪酸のバランスでオメガ3脂肪酸を摂取することが、加齢によって硬くなりがちな神経細胞膜の状態を改善する可能性が示唆されています※2。
私たちの心は「脳の働き」から生まれると考えられています。オメガ6脂肪酸との適正なバランスを考え、日々の食事でオメガ3脂肪酸を意識的に取り入れることで、神経細胞膜の流動性を保ちいつまでも若々しい脳を維持する手助けをしていきましょう。
(※EPA・DHAの効果を上げる:分子栄養学的に考える適切なオメガ6(n-6系)量とは?)
オメガ3脂肪酸は抗酸化栄養素ビタミンEと一緒に
オメガ3脂肪酸は非常に酸化されやすいため、抗酸化栄養素ビタミンEを一緒に摂る必要性を指摘した論文があります※11。
分子栄養学では脳の健康を保つため、オメガ3脂肪酸とともに抗酸化栄養素ビタミンEなどの摂取をお勧めしています。
まとめ:脳の健康は日々の食事から
健康な脳の働きに、神経細胞膜の “柔らかさ” が大切だと考えられています。
オメガ3脂肪酸が脳の健康に良い理由は未だ解明されていませんが、その機序のひとつとして、神経細胞膜をしなやかに保つことで情報のやり取りをスムーズにすることが考えられています。
ただしオメガ3脂肪酸は酸化されやすいため、抗酸化栄養素ビタミンEを一緒に摂る必要性を指摘した論文があります。
ぜひ今日から青魚などを食卓に取り入れて脳を柔らかく保ち、ビタミンEなどを含めた分子栄養学アプローチで心の健康をサポートしていきましょう。
(※食品中のオメガ3(n-3系)脂肪酸、オメガ6(n-6系)脂肪酸」魚介類・肉・卵・油脂類編)
※1 神経伝達物質は脳を構成する神経細胞の会話を伝達する重要な物質です。神経伝達物質には、セロトニン、ドーパミン、GABAなどの種類があります。この神経伝達物質のバランスが整うことが、私たちの気分や感情をコントロールするカギになるといわれます。(※心が元気になる栄養素:タンパク質)
※2 Yehuda, S..et al. (2002). The role of polyunsaturated fatty acids in restoring the aging neuronal membrane. Neurobiology of Aging, 23, 843–853.
※3 Elinder, F.,et al. (2017). Actions and Mechanisms of Polyunsaturated Fatty Acids on Voltage-Gated Ion Channels. Frontiers in Physiology, 8, 43.
※4 Liao, Y.,et al. (2019). Efficacy of omega-3 PUFAs in depression: A meta-analysis. Translational Psychiatry, 9, 190.
※5 Deacon, G.,et al. (2017). Omega 3 polyunsaturated fatty acids and the treatment of depression. Critical Reviews in Food Science and Nutrition, 57, 212–223.
※6 Grossfield, A..et al. (2006). A role for direct interactions in the modulation of rhodopsin by ω-3 polyunsaturated lipids. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 103(13), 4888–4893.
※7 Cutuli, D. (2017). Functional and Structural Benefits Induced by Omega-3 Polyunsaturated Fatty Acids During Aging. Current Neuropharmacology, 15(4), 534–542.
※8 Eldho, NV.,et al. (2003). Polyunsaturated docosahexaenoic vs docosapentaenoic acid-differences in lipid matrix properties from the loss of one double bond. Journal of The American Chemical Society, 125, 6409–6421.
※9 Zhou, L.,et al. (2022). Possible antidepressant mechanisms of omega-3 polyunsaturated fatty acids acting on the central nervous system. Frontiers in Psychiatry, 13, 933704.
※10 Bruno, MJ.,et al. (2007). Docosahexaenoic acid alters bilayer elastic properties. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 104, 9638–9643.
※11 Parletta, N.,et al. (2013). Nutritional modulation of cognitive function and mental health. Journal of Nutritional Biochemistry. 24, 725–743.