分子栄養学と腸内環境「腸内細菌叢、ディスバイオーシスとは」


腸や全身の健康を考える際に重要な言葉、腸内細菌叢とディスバイオーシス。
今回は、分子栄養学における健康を考える上で重要な
・腸内細菌叢とは
・ディスバイオーシスとは
の2つについて基礎的な意味をお届けいたします。一緒に見ていきましょう。
私たちの「表面」には生き物がすんでいる⁉

皆さんは、私たちの「表面」に生き物がすんでいることをご存じですか。いちばんたくさんの生き物がすんでいるのが、大腸です※1。
そしてその生き物は、私たちの健康に不可欠であることがわかってきています。
今回はその生き物のうち、腸にすむ集団である腸内細菌叢についてのお話です。腸内細菌叢の意味など、基礎的な内容について見ていきましょう。
腸内細菌叢とは

人の身体には、さまざまな細菌などの微生物(microbes)がすんでいます。どこにいるかというと、
・口腔内
・皮ふ
・胃
・腸
・生殖器
などです※1。これらの場所の表面に、さまざまな微生物がすんでいます。
微生物に関する言葉として
・生きた微生物集団の全体
を指すのが、微生物叢(びせいぶつそう)です※2。微生物叢は、英語でマイクロバイオータ(microbiota)ともいいます※2。
そしてその中でも最も大きく最も多様性のある微生物叢がすんでいるのが、大腸です※1。大腸にはなんと100兆個もの細菌がすむといわれます※1。
そして腸にすむ微生物全体を指す言葉を、
・腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)
といいます※2。腸内細菌叢は、腸内フローラとも呼ばれます※2。
腸内細菌叢は、腸の中に運ばれてくる栄養豊富なエサを分解し、何百ものタンパク質や代謝産物をつくります※1。その代謝産物の中でもヒトの健康に役立つと世界中で注目されているのが、食物繊維などを発酵して作る短鎖脂肪酸です。
代表的な短鎖脂肪酸は、酢酸・プロピオン酸・酪酸です。これらはお通じの改善、免疫の調整、肥満の予防など、人の健康に必要不可欠な物質であることが多くの論文で示唆されています。
(※短鎖脂肪酸とは? 基礎をわかりやすく解説)
健康な腸内細菌叢は、人の健康を支える強い味方

健康な腸内細菌叢は、
・病原体に対するバリア機能
・腸の免疫組織の正常な発達
・栄養素の吸収
などに関わり、人の健康にとって重要な役割を果たすことが報告されています※3。
ヒトは細菌にすむ場所を提供しているため、腸内細菌叢とヒトはお互いに利益を共有するWin-Winの関係にあるともいわれます。
腸内細菌叢のバランスの乱れや異常は
・ディスバイオーシス(dysbiosis)
と呼ばれ、さまざまな病気との関連が報告されています※1。
ディスバイオーシスと病気

ディスバイオーシスと関連性が示唆されている病気は、
・炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)※4、※5、※6
・過敏性腸症候群※4、※5
・肥満症※4、※5
・脂肪性肝疾患※4
・1型および2型糖尿病※4、※5、※7、※8
・食物アレルギー※9
・喘息※4、※10、※11
・高血圧症※12
・心血管疾患※4、※5
・大腸がん※4、※5、※13
・アルツハイマー型認知症※3、※5、※14、※15
・関節リウマチ※16
などです。
短鎖脂肪酸は、腸内細菌叢の構成や代謝を変化させる可能性のある物質(マイクロバイオームモジュレータ)のひとつとして、ディスバイオーシスを改善する可能性が世界中で研究されています※3。
多様な腸内細菌叢を育む多様な食事を食べましょう

ヒトの腸内細菌叢は、赤ちゃんから高齢者まで年代とともに常に変化し続けます※3。
そして腸内細菌叢を変化させ、ディスバイオーシスを起こす可能性が示唆されている要因は、
・食事(食物繊維が少ない、たくさんの砂糖・高脂肪に偏るなど)※13
・アルコールの過剰摂取※17
・薬物の摂取※4、※13
・病原体への感染※4
・ストレス※13
などが挙げられます。
短鎖脂肪酸は、ある腸内細菌が食物繊維などを発酵して作る物質であるため、腸内細菌叢によって変化します※3。そして私たちが食物繊維などを積極的に食べることが、適度な短鎖脂肪酸を産生する方法のひとつとして注目されています※3。
同じ食材ばかりでなく、多様な食事、いろいろな食材を食べるほど腸内細菌の多様性が保たれ、病原性をもった菌が少ないことが示されています※18。また健康を保つために常に多様な食材を食べ続ける必要が指摘されています※18。
ぜひバラエティに富んだ良い食材を日々選んで食べ、豊富な種類の腸内細菌叢に適切な短鎖脂肪酸を作り続けてもらいましょう。
今回のまとめ
腸にすむ生きた微生物全体を指す言葉が、腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)です。人の腸には、約100兆個の細菌がすんでいるといわれます。
腸内細菌叢は、人の健康にとって重要な役割を果たすことが報告されています。そのため、腸内細菌叢のバランスの乱れや異常はディスバイオーシス(dysbiosis)と呼ばれ、さまざまな病気との関連が報告されています。
腸内細菌叢を変化させ、ディスバイオーシスを起こすと示唆される要因には、偏食、薬物の摂取、病原体への感染、ストレスなどが挙げられます。
短鎖脂肪酸は、ディスバイオーシスを改善する可能性のある物質として世界中で研究されています。
ぜひ食物繊維を含むバラエティに富んだ良い食材を日々選んで食べ、豊富な種類の腸内細菌叢に適切な短鎖脂肪酸を作り続けてもらいましょう。
※1 Martin-Gallausiaux, C.,et al. (2021). SCFA: mechanisms and functional importance in the gut. Proceedings of the Nutrition Society, 80(1), 37–49.
※2 福田 真嗣 『もっとよくわかる!腸内細菌叢 健康と疾患を司る“もう1つの臓器”』 (羊土社、2019年)16–17ページ
※3 Fusco, W.,et al. (2023). Short-Chain Fatty-Acid-Producing Bacteria: Key Components of the Human Gut Microbiota. Nutrients, 15(9), 2211.
※4 Carding, S.,et al. (2015). Dysbiosis of the gut microbiota in disease. Microbial Ecology in Health and Disease, 26, 26191.
※5 Tan, JK.,et al. (2023). Dietary fiber and SCFAs in the regulation of mucosal immunity. Journal of Allergy and Clinical Immunology, 151(2), 361–370.
※6 Venegas, DP.,et al. (2019). Short Chain Fatty Acids (SCFAs)-Mediated Gut Epithelial and Immune Regulation and Its Relevance for Inflammatory Bowel Diseases. Frontiers in Immunology, 10, 277.
※7 Mariño, E.,et al. (2017). Gut microbial metabolites limit the frequency of autoimmune T cells and protect against type 1 diabetes. Nature Immunology, 18(5), 552–562.
※8 Li, YJ.,et al. (2020). Dietary Fiber Protects against Diabetic Nephropathy through Short-Chain Fatty Acid-Mediated Activation of G Protein-Coupled Receptors GPR43 and GPR109A. Journal of the American Society of Nephrology, 31(6), 1267–1281.
※9 Tan, J.,et al. (2016). Dietary Fiber and Bacterial SCFA Enhance Oral Tolerance and Protect against Food Allergy through Diverse Cellular Pathways. Cell Reports, 15(12), 2809–2824.
※10 Thorburn, AN.,et al. (2015). Evidence that asthma is a developmental origin disease influenced by maternal diet and bacterial metabolites. Nature Communications, 6, 7320.
※11 Maslowski, KM.,et al. (2009). Regulation of inflammatory responses by gut microbiota and chemoattractant receptor GPR43. Nature, 461(7268), 1282–1286.
※12 Marques, FZ.,et al. (2017). High-Fiber Diet and Acetate Supplementation Change the Gut Microbiota and Prevent the Development of Hypertension and Heart Failure in Hypertensive Mice. Circulation, 135(10), 964–977.
※13 Weis, GA.,et al. (2017). Mechanisms and consequences of intestinal dysbiosis. Cellular and Molecular Life Sciences, 74(16), 2959–2977.
※14 Mirzaei, R.,et al. (2021). Role of microbiota-derived short-chain fatty acids in nervous system disorders. Biomedicine and Pharmacotherapy, 139, 111661.
※15 Liu, S.,et al. (2020). Gut Microbiota and Dysbiosis in Alzheimer's Disease: Implications for Pathogenesis and Treatment. Molecular Neurobiology, 57(12), 5026–5043.
※16 Vaghef-Mehrabany, E.,et al. (2014). Probiotic supplementation improves inflammatory status in patients with rheumatoid arthritis. Nutrition, 30(4), 430–435.
※17 Engen, PA.,et al. (2015). The Gastrointestinal Microbiome: Alcohol Effects on the Composition of Intestinal Microbiota. Alcohol Research, 37(2), 223–236.
※18 Huang, X., et al. (2022). Dietary variety relates to gut microbiota diversity and abundance in humans. European Journal of Nutrition, 61(8), 3915–3928.