分子栄養学のヘルシーエイジング「骨格筋を支えるミトコンドリアは新しく生まれ変わる」
ミトコンドリアは生まれ変わる(ターンオーバーしている)ことをご存じですか?
ミトコンドリアは分子栄養学で提唱する「細胞レベルの健康」を支える基盤、細胞の中に存在する「ミクロのエネルギーの発電所」です。
今回は、骨格筋とその健康を支えるミトコンドリアの基礎、
- ミトコンドリアとは何か
- ミトコンドリアは生まれ変わる(ターンオーバー)
について一緒に学びましょう。
健康な骨格筋を支えるミトコンドリア
健康な骨格筋は、私たちの生活の質を左右する重要な器官です。
その骨格筋を細胞の中で支えているのが、ミトコンドリアです。ミトコンドリアは健康な筋肉を維持するためのエネルギーをせっせと供給し、骨格筋を陰で支えます※1。
ミトコンドリアが支えるのは骨格筋が動くときはもちろんのこと※2、※3、
- 骨格筋のタンパク質合成
も支えます※4。
骨格筋のほとんどを構成するタンパク質は、
- 合成と分解のバランス
が取られることで維持されます※4。筋肉を構成するタンパク質の合成が分解を上回るとき、筋肉は成長(肥大)します。逆にタンパク質の分解が合成を上回れば、筋肉は減少(萎縮)します。
骨格筋の合成を進めるためにエネルギーがたくさん必要であることから、健康な骨格筋にはミトコンドリアからのエネルギー供給が欠かせないとする文献があります※4。(※健康を支える骨格筋は、健康なミトコンドリアがカギ!)
ミトコンドリアとは? 身体の中の小さな発電所
では、骨格筋の健康を支えるミトコンドリアとはいったい何でしょう。
ミトコンドリアは、私たちが食べたエネルギー産生栄養素(3大栄養素:糖質、脂質、タンパク質)を、酸素を使ってエネルギーに変える
- 細胞の中の小さな発電所
のような役割をする細胞小器官※5です。赤血球以外の、身体のすべての細胞の中に存在しています。
ミトコンドリアは酸素が十分にあるとき、私たちが食べたエネルギー産生栄養素(3大栄養素)から効率よくエネルギーを作り出します。特筆すべきは、その効率の良さです。
エネルギー代謝は
- 解糖系
- クエン酸回路
- 電子伝達系
という連続する3つの代謝経路で構成されます。このうちのクエン酸回路、電子伝達系がミトコンドリアで行われる代謝経路です。
例えば、グルコース(ブドウ糖)1個からエネルギー(ATP)を作る場合、
- ミトコンドリアを使わない方法(解糖系のみ):2個のATPを産生
- ミトコンドリアを使う方法(解糖系・クエン酸回路・電子伝達系の3つを使う):最大38個のATPを産生
とたくさんのエネルギーを作り出します。
(※エネルギーをつくるための必須栄養素「マグネシウム、ビタミンB群、CoQ10、鉄」)
ミトコンドリアは新しく生まれ変わる
それでは、同じミトコンドリアが細胞の中でずっとエネルギーを作り続けてくれるでしょうか。
実は興味深いことに、ミトコンドリアも骨格筋のタンパク質と同じく「生まれ変わり(ターンオーバー)」を繰り返しています。
- 古くなって調子の悪いミトコンドリアは分解される
- 新しいミトコンドリアが作られる
この入れ替わりのバランスが、筋肉の健康維持に重要だと考えられています※3。
壊れたミトコンドリアは、エネルギーを作る効率が悪くなるだけでなく、身体に悪影響を与える「活性酸素」を多く出してしまいます※3。
そしてこのミトコンドリアのターンオーバーのバランスが取れていることが、健康な筋肉維持や全身の健康に関わっているのではないかと世界中で研究が進められています※3、※6。
たった1回の運動でも、ミトコンドリアは新しく作られる
それでは、どのようにしてミトコンドリアに効率的にターンオーバーしてもらえばよいでしょうか。
その答えのひとつとして検討されているのが運動です。
たった1回の運動が刺激となって新しいミトコンドリアが作られる合図となる可能性を示した論文があります※3。
何年も何カ月も運動を続けて筋肉がエネルギーを必要とするような環境を作り続けると、筋肉の方が適応してエネルギー産生能力の高いミトコンドリアを作るようになるとした文献があります※3。しかし、肥満の人では10週間のトレーニングでもミトコンドリアの構造に変化は見られなかったとの報告もあり、詳細については今後の研究が必要です※2、※7。
どの人にどの程度、どの運動が適切かどうかは個体差があります※2。無理せず、持病のある方は医師と相談しながら自分に合った運動を行いましょう。
加齢、寝たきりなど運動をしない期間が長く続くと筋肉量は減少する
加齢や長い間運動しない期間が続くと、筋肉量は減少してしまいます※3。この原因のひとつとしてミトコンドリアの機能不全を考える論文が出ています※3、※6。
分子栄養学で考えられるミトコンドリアのための栄養素
エネルギー代謝は「解糖系」「クエン酸回路」「電子伝達系」という連続する3つの代謝経路で構成されます。そのうちのクエン酸回路、電子伝達系がミトコンドリアで行われる代謝経路です。
分子栄養学で考えられる、3つそれぞれの代謝経路で必要とされる栄養素は以下になります。
①解糖系:マグネシウム、ナイアシン、ビオチン
②クエン酸回路:ビタミンB1、ビタミンB2、ナイアシン、α-リポ酸、パントテン酸、マグネシウム
③電子伝達系:CoQ10、鉄
(※エネルギーをつくるための必須栄養素「マグネシウム、ビタミンB群、CoQ10、鉄」)
また解糖系からクエン酸回路・電子伝達系に進むためには
- 酸素
が必要です。酸素を届けてくれるのは赤血球であるため、健全な赤血球の栄養素(鉄、亜鉛、ビタミンA、ビタミンB群(B6、B12、葉酸)など)の補給も一緒に行いましょう。
また腸を整え※4、筋肉維持・筋肥大のためのタンパク質もしっかり摂ることも大切です。
分子栄養学ではエネルギー不足をまねく貧血や潜在性鉄欠乏状態の改善を、詳細な血液検査を通して医師とともに把握し改善していくことを提案しています。(※エネルギー不足を招く分子栄養学の重大問題「貧血」について解説)
今回のまとめ
骨格筋の健康は、私たちの生活の質を左右する重要な要素です。そしてその健康を支えているのが、ミトコンドリアという「身体の中のミクロの発電所」です。
ミトコンドリアはターンオーバーを繰り返し、メンテナンスされながらエネルギーを供給しています。そのターンオーバーを促進する方法のひとつとして考えられているのが運動です。
寝たきりや加齢などで筋肉は衰えます。赤血球産生のための栄養素摂取で貧血を改善し、酸素を運ぶ健全な赤血球に活躍してもらって効率的なエネルギー作りを進めましょう。
自分に合った運動と筋肉を維持するタンパク質、良い腸内環境、分子栄養学の提案するミトコンドリアエネルギー産生のための至適量の栄養素(ビタミンB群、α-リポ酸、マグネシウム、CoQ10、鉄など)で質の高い人生を目指しましょう。
※1 骨格筋のエネルギー源としては、クレアチンリン酸などもありますが、今回はミトコンドリア呼吸に焦点を当てています。
※2 Smith, JAB.,et al. (2023). Exercise metabolism and adaptation in skeletal muscle. Nature Reviews Molecular Cell Biology, 24(9), 607–632.
※3 Hood, DA.,et al. (2019). Maintenance of Skeletal Muscle Mitochondria in Health, Exercise, and Aging. Annual Review of Physiology, 81, 19–41.
※4 Sartori, R.,et al. (2021). Mechanisms of muscle atrophy and hypertrophy: implications in health and disease. Nature Communications, 12, 330.
※5 細胞の中で一定の機能をもつ構造物のことを細胞小器官といいます。
※6 Leduc-Gaudet, JP.,et al. (2021). Mitochondrial Dynamics and Mitophagy in Skeletal Muscle Health and Aging. International Journal of Molecular Sciences, 22(15), 8179.
※7 Nielsen, J.,et al. (2016). Plasticity in mitochondrial cristae density allows metabolic capacity modulation in human skeletal muscle. Journal of Physiology, 595(9), 2839–2847.